不許可写真―毎日新聞秘蔵 (1) (2)
「えっ?!こんな理由で不許可?!」おかしくも心温まる、そして戦争の現実を語り継ぐ…。毎日新聞社大阪本社所蔵の不許可写真の数々に仰天必至!写真部長が生命を賭けて埋蔵した秘蔵写真集。
こんなサービスがあったのか!
つい先日、毎日新聞社の「フォト・バンクサービス」を見つけた。ただ単に、新聞社が提供する写真サービスというのであれば、別段めずらしくはない。では、何がスゴイのかというと、毎日新聞が提供しているということ自体がスゴイのだ。
毎日新聞大阪本社には、他の新聞社には残されていないあるものが残されている。それは、戦時中に使用された報道写真だ。それぐらいなら、どこの新聞社にでも残っていそうなものであるが、大量の写真が残されているのはここだけなのだという。
そのため「フォト・バンクサービス」で写真検索を行うと、おびただしい数の当時の報道写真が次々と表示される。
ご存知の方も多いと思うが、終戦間際、進駐軍の手に渡るのを避けるために軍は報道資料を含む、戦時資料の焼却を命じた。ただでさえ、空襲などにより焼失した写真が多かった中、トドメを刺すかのような命令だった。
しかし、当時の写真部長であった高田正雄氏はこれを拒否。生命からがら生駒山の山中に隠したとのことだ。それにより、貴重な写真の数々は守られたそうだ。
私はこの話を、ある毎日新聞社の関係者の方から直接伺った。
毎日新聞大阪本社の見学をさせていただいた際、(見学については→コチラを参照)、案内をしてくださった担当者の方は、「空襲で焼けずに残った写真です」と、サラリと説明しておられたが、どうやらそうではなかったらしい。
その時、話題に出てきたのが、冒頭で紹介した「不許可写真」集だ。
「不許可写真」というのは、当時の軍部がすべての発行物に目を通す中で、不適当とされた写真を集めたものだ。不許可の写真には赤い「不許可」の印が押され、そのまま社内の倉庫送りとなる。
この「不許可」写真を眺めていると、明らかに「不許可」になるのを前提で撮った写真が多いことに気付かされる。
「許可」「不許可」については、三谷幸喜が描いた笑いの大学
(出演:役所広司、稲垣吾郎)の題材としても使われている。「不許可」にするはずだった喜劇のストーリーを、検閲官自らが楽しみながら「許可」できるものへと変えていく…そんな物語だが、この「不許可写真集」の写真にも、カメラマンと検閲官との微妙な駆け引きが見られるのだ。
たとえば、シンガポールで撮影されたという宮操子というダンサーの写真。兵士の慰安のためにステージを舞う彼女の姿は、とても60年も前のものとは思えない。太腿も露わに、大胆に身体をくねらせる。女性と無縁な生活を強いられた軍人たちが、引き込まれるかのように踊りを眺めたのも無理はない。
文春新書「不許可写真」(草森紳一著)の中にも、この写真について筆者が感じたことが書かれてある。
そして草森紳一氏は、この写真にエロスを感じ「不許可」とした検閲係の心の狭さ(?)を文中で指摘している。
しかし、私はこの写真には別の意図があったのではないかと想像している。これは記者から検閲係への“プレゼント”なのではなかったのかと思っているのだ。
当時の力関係で言えば、検閲官に一カメラマンがモノ申すことはまずないが、始終顔を合わせていれば、奇妙な連帯感が生まれることもあったに違いない。私たちが役所や警察などに繰り返し書類を持って行くうちに、受付係の人と何となく親しくなってしまうのと同様だ。
鑑賞用のために趣味的な写真をわざと持ち帰り、
こんなもん、不許可に決まっとるだろ!
と「不許可」印を押しては、お互いにニヤニヤと笑う…。
当時こんな人間模様があったとしても、何ら不思議ではない。
それ以外の写真については、背景や部隊名、死体を消すようにと指摘があるものが多いことに気が付く。
背景や部隊名は、今どのような作戦が遂行されているかを読み取る重要な情報となりうるために、そのままにしておけないというのは当然のことである。素人には「こんなものが情報に?」と思うような内容も、情報部員の手に掛かれば格好の情報源となることもある。
死体については、今で騒がれる歴史問題に関わるからというよりも、そんなものを新聞にそのまま掲載するのはどうかという、倫理的な問題の方が重要だったに違いない。戦えば人は死ぬ。カメラマンの心理としては、弔う意味でもせめてその死体を映像に残しておきたいと思う。その気持ちはよく分かる。
こんな写真を撮るな!
と、最初から言わないのは、検閲官の恩情でもあったのかも知れない。
不許可写真―毎日新聞秘蔵 (1) (毎日ムック―シリーズ20世紀の記憶)
毎日新聞社
ユーザレビュー:
貴重な戦争写真 正義 ...
歴史学習に貴重な史料 ...
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こんなサービスがあったのか!
つい先日、毎日新聞社の「フォト・バンクサービス」を見つけた。ただ単に、新聞社が提供する写真サービスというのであれば、別段めずらしくはない。では、何がスゴイのかというと、毎日新聞が提供しているということ自体がスゴイのだ。
毎日新聞大阪本社には、他の新聞社には残されていないあるものが残されている。それは、戦時中に使用された報道写真だ。それぐらいなら、どこの新聞社にでも残っていそうなものであるが、大量の写真が残されているのはここだけなのだという。
そのため「フォト・バンクサービス」で写真検索を行うと、おびただしい数の当時の報道写真が次々と表示される。
ご存知の方も多いと思うが、終戦間際、進駐軍の手に渡るのを避けるために軍は報道資料を含む、戦時資料の焼却を命じた。ただでさえ、空襲などにより焼失した写真が多かった中、トドメを刺すかのような命令だった。
しかし、当時の写真部長であった高田正雄氏はこれを拒否。生命からがら生駒山の山中に隠したとのことだ。それにより、貴重な写真の数々は守られたそうだ。
私はこの話を、ある毎日新聞社の関係者の方から直接伺った。
毎日新聞大阪本社の見学をさせていただいた際、(見学については→コチラを参照)、案内をしてくださった担当者の方は、「空襲で焼けずに残った写真です」と、サラリと説明しておられたが、どうやらそうではなかったらしい。
その時、話題に出てきたのが、冒頭で紹介した「不許可写真」集だ。
「不許可写真」というのは、当時の軍部がすべての発行物に目を通す中で、不適当とされた写真を集めたものだ。不許可の写真には赤い「不許可」の印が押され、そのまま社内の倉庫送りとなる。
この「不許可」写真を眺めていると、明らかに「不許可」になるのを前提で撮った写真が多いことに気付かされる。
「許可」「不許可」については、三谷幸喜が描いた笑いの大学
たとえば、シンガポールで撮影されたという宮操子というダンサーの写真。兵士の慰安のためにステージを舞う彼女の姿は、とても60年も前のものとは思えない。太腿も露わに、大胆に身体をくねらせる。女性と無縁な生活を強いられた軍人たちが、引き込まれるかのように踊りを眺めたのも無理はない。
文春新書「不許可写真」(草森紳一著)の中にも、この写真について筆者が感じたことが書かれてある。
女子バレーの選手や体操の女子選手のぴちぴち動く太腿や脚部を、色っぽいなと知らずに眺めていることが、男なら誰でもないわけでない。これは、検閲係と同じ眼差しである。
そして草森紳一氏は、この写真にエロスを感じ「不許可」とした検閲係の心の狭さ(?)を文中で指摘している。
しかし、私はこの写真には別の意図があったのではないかと想像している。これは記者から検閲係への“プレゼント”なのではなかったのかと思っているのだ。
当時の力関係で言えば、検閲官に一カメラマンがモノ申すことはまずないが、始終顔を合わせていれば、奇妙な連帯感が生まれることもあったに違いない。私たちが役所や警察などに繰り返し書類を持って行くうちに、受付係の人と何となく親しくなってしまうのと同様だ。
鑑賞用のために趣味的な写真をわざと持ち帰り、
こんなもん、不許可に決まっとるだろ!
と「不許可」印を押しては、お互いにニヤニヤと笑う…。
当時こんな人間模様があったとしても、何ら不思議ではない。
それ以外の写真については、背景や部隊名、死体を消すようにと指摘があるものが多いことに気が付く。
背景や部隊名は、今どのような作戦が遂行されているかを読み取る重要な情報となりうるために、そのままにしておけないというのは当然のことである。素人には「こんなものが情報に?」と思うような内容も、情報部員の手に掛かれば格好の情報源となることもある。
死体については、今で騒がれる歴史問題に関わるからというよりも、そんなものを新聞にそのまま掲載するのはどうかという、倫理的な問題の方が重要だったに違いない。戦えば人は死ぬ。カメラマンの心理としては、弔う意味でもせめてその死体を映像に残しておきたいと思う。その気持ちはよく分かる。
こんな写真を撮るな!
と、最初から言わないのは、検閲官の恩情でもあったのかも知れない。


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